せん妄対応について
せん妄とは、身体的要因や薬剤が誘発した意識障害であり、一般の総合病院入院患者の2~3割に認められると言われています。入院して急にボケた、認知症になったと言われるものは、大抵せん妄です。
注意すべきなのは、せん妄は、入院している時にのみ見られるものではないという点です。自宅で過ごしている時にも生じます。せん妄は意識障害ですが、人の体調が悪化して意識障害を来すのは一体どこでしょう?
入院してから体調悪化して意識障害を来すのではなく、多くは自宅で過ごしている時に体調悪化します。こうして、自宅ですでに意識障害(せん妄)を来していることが多いのです。
- 意識混濁、認識の明瞭性の減退、注意能力の減退
- 認知障害の存在
- 近時記憶の障害
- 時間、場所、人物に関する見当識障害
- 精神運動障害
- 睡眠覚醒リズムの障害
- 日内変動
せん妄の時に起こる変化や特徴にはこんなものがあります。
意識
- ぼーっとする
- 夢か現実かわからない、寝ぼけたような感じ
- 集中しづらい(TVや新聞などを見られない)
睡眠
- 眠りが浅くなる
- 昼夜逆転し、睡眠のリズムが崩れる
- 日中、眠気が続く
その他
- 時間や場所がわからない
- おかしなものが見える(虫、小さな動物、小人)など
ご家族から見ると…
- ぼんやりしている、うとうとしている
- 見えないものを見えると言ったり、
ありえないことを言ったりする - 話のつじつまが合わない
- 夜眠らない、夜になると症状が激しくなる
- 場所や時間がわかっていない
- 以前と性格が変わったように感じる
- 点滴などのチューブ類を抜いてしまう (入院中)
- 怒りっぽくなったり、興奮したり、涙もろくなる
せん妄は意識障害を呈して、脳機能破綻に伴う症状が出現している状態のことを指します。
身体の症状の一つであり、決して認知症や精神病になったのではありません。
せん妄は意識障害ですから、むしろ、器質的要因に基づく内科疾患です。意識障害を来してしまった原因が必ず存在します。
決して、心理的要因のみで生じるものでもありません。
脳機能が全般的に障害されるため、当然認知機能低下も見られますし、意欲や食欲、睡眠、注意力、思考力、等々が障害されます。
-
抗不整脈薬ジソピラミド(リスモダン)
リドカイン(キシロカイン)
メキシレチン(メキシチール
プロカインアミド(アミサリン)
キニジン など
抗生剤
アミノグリコシド系
アムホテリシン(ファンギゾン)
セフェム系
クロラムフェニコール
イソニアジド
リファンピシン
スルホンアミド
テトラサイクリン系
チカルシリン(チカルペニン)
バンコマイシン
メトロニダゾール(フラジール)など -
抗コリン作用を持つ薬物アトロピン
三環系抗うつ薬
抗パーキンソン病薬 (アキネトン、アーテン)など
抗ヒスタミン薬 (アタラックス P)など
フェノチアジン系抗精神病薬
(コントミン)など
点眼薬、点鼻薬 など -
抗けいれん薬フェニトイン(アレビアチン)など
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降圧剤カプトプリル(カプトリル)
クロニジン(カタプレス)
メチルドパ(アルドメット)
レセルピン(アポプロン)など -
抗ウイルス剤アシクロビル(ゾビラックス)
インターフェロン ガンシクロビル(デノシン)など -
バルビツール酸系チオペンタール
フェノバルビタール など -
β遮断薬プロプラノロール(インデラル)
チモロール(プロカドレン)など
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H2 拮抗薬シメチジン(タガメット)
ラニチジン(ザンタック)
ファモチジン(ガスター)など -
ジギタリス製剤
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ジスルフィラム(ノックビン)
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ドパミン作動薬(中枢神経系)アマンタジン(シンメトリル)
ブロモクリプチン(パーロデル)
レボドパ(ドパストン)など -
エルゴタミン製剤
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GABA 作動薬ベンゾジアゼピン系
バクロフェン(ギャバロン)など -
免疫抑制剤プロカルバジン(ナツラン)
L-アスパラギナーゼ(ロイナーゼ)
メトトレキサート(メトトレキセー ト)高濃度にて
シタラビン(キロサイド)
ビンクリスチン(オンコビン)
ビンブラスチン(エクザール)
フルオロウラシル(5-FU)
ダカルバジン
タモキシフェン(ノルバデックス) など -
リチウム
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MAO 阻害剤イソニアジド
プロカルバジン など -
麻薬系鎮痛剤
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非麻薬系鎮痛剤
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非ステロイド系抗炎症薬イブプロフェン(ブルフェン)
インドメタシン(インダシン)
ナプロキセン(ナイキサン)
スリンダク(クリノリル)など -
ステロイド製剤、ACTH
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交感神経刺激薬覚醒剤
アミノフィリン(ネオフィリン)
テオフィリン
エフェドリン
コカイン
フェニレフリン(ネオシネジン)など
Cassem NH et al:Psychopharmacology in the ICU. In Chernow B, editor : The pharmacologic approach to the critically ill patient, Baltimore, 1995, Williams & Wilkinsより改変して引用
対象:薬剤性のせん妄と評価されたがん患者
原因薬剤 | 割合(%) | 原因薬剤 | 割合(%) |
---|---|---|---|
オピオイド | 54 | 抗けいれん剤 | 6 |
ベンゾジアゼピン系抗不安薬 | 24 | 抗ヒスタミン剤 | 4 |
コルチコステロイド | 21 | 抗コリン剤 | 6 |
H2遮断薬 | 19 | その他 | 9 |
Tuma et al., Arch Neurol, 2000
せん妄を来すリスクのある薬剤は多数ありますが、その中でもオピオイド、ベンゾジアゼピン受容体作動薬、ステロイドを使用中の方は、要注意と言えます。この意味合いからも、当クリニックでは、ベンゾジアゼピン受容体作動薬の使用は極力控えています。(特に60歳以上の方)
- 過活動性せん妄(hyperactive delirium)20% ルート類の抜去や切断、転倒・転落など
問題行動として発見 - 混合型(mixed)50%
- 低活動性せん妄(hypoactive delirium)30% 混乱・鎮静が中核症状
症状に乏しいため見過ごされる
せん妄の分類は、教科書的には上記3タイプに分けられていますが、これらは明確に区別出来るものではなく、スペクトラム(連続体)のような関係であろうと個人的には捉えています。
せん妄 | 認知症 | |
---|---|---|
発症様式 | 急性、亜急性 | 慢性 |
経過 | 一過性 | 持続性 |
症状の動揺性 | あり(夜間増悪) | 目立たない |
意識 | 混濁 | 正常 |
知覚の障害 | 錯覚、幻覚 | 目立たない |
急にボケた、夜だけボケる、不穏、と言われる状態の多くはせん妄
せん妄は意識障害であり、脳全体がダメージを受けるために意識が混濁します。
これに対し、認知症とは脳の様々な活動の中の一部分、認知機能のみが障害された状態であり、意識は清明です。
発症様式は、せん妄は意識障害ですから、身体の問題が生じた時から発症します。このため、急性・亜急性です。
これに対して認知症の発症様式は緩やかです。
脳の変性疾患ですから数ヶ月・年単位かけて慢性・持続性に進行していきます。
せん妄の経過は、原則、一過性です。意識障害の原因が解決すれば何事もなかったかのように、脳機能は元通りに回復します。
ただし、悪性腫瘍や透析患者など不可逆的な身体問題を抱えた方や、治療上せん妄ハイリスク薬剤(ステロイド、オピオイドなど)の定期使用が避けられない方などは、せん妄は身体状態のバロメーターとしてお付き合いして行かなくてはなりません。
症状の動揺性(変動性)については、せん妄では変動性があるというのが特徴的です。
日内変動や、透析患者などにみられる日替わり変動などです。
認知症では、原則的に変動性は見られません。朝も昼も夜も同じようなご様子です。
例外として、レビー小体型認知症では、変動性があるというのが特徴とされています。
幻聴や幻視などの知覚の障害については、せん妄は症状が多彩であるため起こり得ますが、認知症では目立ちません。
これも例外として、レビー小体型認知症では幻視が特徴とされています。
低活動性せん妄 | うつ状態 | |
---|---|---|
発症様式 | 急性、亜急性 | 緩除 |
覚醒度 | 覚醒低下、傾眠 | 正常 |
認知機能 | 短期記銘力障害 集中力低下、失見当識 |
主観的障害 障害があっても軽度 |
知覚の障害 | 錯覚・幻覚 | まれ |
感情 | 不安定、抑制欠如に基づく 希死念慮 |
絶望感/無価値感に基づく 希死念慮 |
神経学的所見 | 羽ばたき振戦、把握反射 | 正常 |
Breitbart Wedel, JAMA 2008
低活動性せん妄は、実は日々の臨床場面で多々遭遇しているにも関わらず、医療従事者に認識されていないことが多く、多くはうつ状態?うつ病?と誤解されがちです。
身体的な負荷の結果、脳機能が破綻して脳がぐったりしてしまい、正常な脳の電気的興奮が行えなくなって、ボーッとして活動性が低下してしまった状態です。当然、意識障害ですから身体の具合が悪くなってから生じ、急性・亜急性発症です。
これに対して、うつ病というのは、数ヶ月・年単位で慢性・持続性にストレスにさらされた結果、部分的に脳機能が疲弊破綻した状態です。入院した途端にうつ病になるなんてことはあり得ません。当然、うつ病は意識障害ではないので意識は清明です。
ただし、脳が疲弊しているため、集中困難となり記銘力の低下が生じることもありますが、軽度です。
「物忘れが気になる、すぐに思い出せない」と訴える場合がありますが、「言われたら、あぁそうだったと思い出せる」と出来事記憶そのものは保たれているのが特徴です。
認知症であれば、出来事記憶そのものが障害され保たれていないことが殆どです。
低活動性せん妄の場合、集中力も記銘力も障害されてしまい認知機能は低下します。
幻聴や幻視などの知覚障害は低活動性せん妄では起こり得ますが、うつ病ではまれです。
注意すべきは感情面です。どちらも、しょんぼり悲しげで不安が強く、時に死にたいなんて言動が見られることもあります。
うつ病の場合は、絶望感や無価値観に基づく希死念慮であり、本人のライフストーリーをうかがうと辛くて死にたくなるのも理解可能な気がします。
これに対して、低活動性せん妄で見られる情緒不安は脱抑制に基づくものです。
脳機能が破綻して衝動コントロールが低下して抑制が効かなくなり感情失禁が生じているのです。
喜怒哀楽が激しくなり、嬉しいことがあると喜ぶのに、嫌なことは拒否的となり、不安を抱えきれず訴えが頻回となり、駄々っ子のように「こんなのヤダ、もう死にたい」となります。短絡的な思考に基づく言動です。
うつ病であれば、喜びの消失があるために、好きなことでも興味が薄れてしまいます。意識障害が生じて脱抑制を来している人にカウンセリングを施しても、残念ながら十分な効果は得られません。
話したこと自体を忘れてしまい、連続性が失われるからです。
まず意識障害の治療が優先されます。
不安なことがあること自体が問題ではありません。人は誰でも不安を抱きますし、不安を抱えながら日々過ごしています。
脱抑制が生じて、不安を抱えきれなくなっているのであれば、まずその人の脳機能を整えて脱抑制が生じないように働きかけるべきです。
その人が理性を取り戻し、本来のその人の問題解決力で取り組んでいく姿を尊重して見守り支えていくことが大切です。
意識障害やそれに基づく脱抑制が生じている訳ではないが、不安を抱えきれずに対処に行き詰まってしまっている場合は、カウンセリングの出番と言えます。
せん妄に対する基本戦略
せん妄ハイリスクの同定と予防ケア
- 高齢者(経験的に、60歳以上の方はハイリスクと考えています。)
- せん妄の既往の有無
- 脳器質的障害の既往の有無
- ベンゾジアゼピン系薬剤内服の有無
- 認知症の有無
- ステロイド使用の有無
- アルコール多飲の有無
- オピオイド使用の有無
原因の特定と除去
せん妄(意識障害)となった原因を探り、全身状態改善(意識障害改善)の治療が最優先されます。
抗精神病薬を用いた脳機能改善のための治療
せん妄(意識障害)の状態は、意識障害の原因となっている問題が解決すれば改善するのですが、破綻してしまった脳機能を少しでも早く回復させるためには抗精神病薬の使用が有用です。
(抗精神病薬は眠らせるために使用しているのではなく、脳機能を全般的に改善させる働きがあるため用います。)
この際、頓服使用ではなく、しっかり定期使用して短期間で徹底的に脳機能を回復させてあげることが大切です。
(感染症の際に、抗生剤を頓服使用せずに定期使用するのと同様です。)
十分に回復したことを見届けてから、漸減中止します。この際の用い方は、統合失調症の治療の場合と異なり、朝・夕投与などして血中濃度を保つ必要はありません。
少なからず鎮静作用を持ちますので、夕方以降に使用してなるべく睡眠リズムがつきやすくします。
日中に不穏状態となった際は、早く脳機能を整えてあげないと本人が辛いので、日中でも遠慮無く抗精神病薬を頓服使用して構いません。
当クリニックでは、総合病院での豊富なリエゾン経験に基づく、せん妄対応を実施致します。
(2012年度~2019年度に於ける、せん妄症例経験数:約3000例)